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神戸地方裁判所 昭和29年(ヨ)478号 判決 1954年11月05日

申請人 岩本三郎

被申請人 紡機製造株式会社

主文

被申請人が申請人に対し昭和二十九年八月十三日付を以てなしたる解雇の意思表示の効力はこれを停止する。

申請費用は被申請人の負担とす。

(注、無保証)

事実

一、申請人は主文第一項同旨の判決を求めその理由として述べた要旨は次の通りである。申請人は東京大学第二工学部治金科を卒業し、昭和二十三年被申請人会社に入社し、昭和二十九年五月一日付を以て製造部鍛造工場係主任に命ぜられたが、一方昭和二十六年十二月より被申請人会社の職員を以て組織する紡機製造株式会社職員組合の執行委員となり、更に昭和二十八年八月以降組合長に選出せられた。そして昭和二十九年七月には夏期手当として平均一万五千円獲得の団体交渉を申入れたところ、被申請人は工場係主任と組合長の地位は両立しないから、申請人が組合長としてなした団体交渉の申入には応じえないと回答するので組合総会にはかつたところ、両立するとするもの三一、両立しないとするもの三〇であつたが、交渉の円満を期するため申請人は同年七月十五日組合長を辞任した。ところが、同年八月十二日被申請人は申請人に対し任意退職を求めたがこれに応じなかつたところ、翌十三日申請人を解雇する旨の意思表示をなした。しかしながら右解雇は次の理由により無効である。

(一)  申請人が組合長となり組合の強化発展のため努力し、工場係主任となつてからも、主任と組合長とは両立しない旨の被申請人の指示を無視して活溌に組合活動を展開していたことを理由とするものであるから不当労働行為たる解雇である。

(二)  申請人が共産党員であり、党員として労働者の利益のために闘わんとするのをおそれたための解雇であつて労働基準法第三条に違反する不当解雇である。

(三)  本件解雇は就業規則第四十条、第四十一条所定の孰れの解雇事由にも該当せず、就業規則に違反せるものである。

そこで申請人は本案訴訟提起の準備中であるが、被解雇者とせられて日時を経過することは申請人には死活問題であるので取敢ず本申請に及ぶ。

二、被申請人は本件申請を却下するとの判決を求め、答弁の要旨は次の通りである。申請人主張の日、申請人を解雇する意思表示をしたことは争わないが、右解雇の理由は

(一)  申請人は従来遅刻、欠勤極めて多く、その回数においても又時間数においても他を圧する。右は現場職員は工員に率先して配置に就くべしとする被申請人会社の指導方針に反するものであり、これまで数回注意訓戒を与えるも改つた形跡は窺えなかつた。

(二)  申請人はその身元保証人が昭和二十八年十一月既に死亡しているのにかかわらず、これが届出をなさなかつた。右は人事管理上必要な事項につき移動を生じたものであつて、就業規則第六条により遅滞なく所属工場(課)長に届出なければならない。

(三) 申請人は被申請人会社の経営合理化の方針に非協力であつた。被申請人会社においてはアンチクリーパは重要な製作品目の一つであるからその生産量の増加、原価の低下への努力は絶対的な重要課題であつた。従つて昭和二十九年二月よりこれが設備の改良を行い生産能率が増進したが、一方これに伴い工員の請負加給金も自然増加を来したので、受注契約価格の切下げを機会に、工員の請負歩合率を、向上した能率に適合するよう合理的に請負単価の改訂を行うこととなり、同年五月二十一日より従来アンチクリーパ本体型打作業単価十五分であつたものを、この請負時間内に材料切断及び焼入作業を追加すると共に、同月二十四日から定時作業(残業廃止)を励行した。そして右請負単価の改訂は決して実質賃金の切下げでも、また労働強化でもなかつたものである。然るに申請人は右請負単価の改訂、定時作業の実施については終始傍観的態度をとり、工員に対する経営意図の徹底に不熱心であつたが、同年七月一日鍛造工場におけるアンチクリーパ品質管理職場委員会の席上、工場長が不良金型の防止対策として先ず各自がその職制に従い本分を尽すべきことを指摘して従業員の注意を喚起し、検査工小山某がこれに同感するや、申請人は極度に興奮し、右委員会における討議は純技術的問題に限るべきものとし更に進んで前記請負単価の改訂問題に言及し、これを経営者の責任なりとし「皆そうだろう。皆これでも怒らぬのか。」等出席工員を不当に刺激煽動する発言をなし、明らかに被申請人会社の経営方針に反対する態度を表明した。これがため八月度工賃計算の始期に当る同年七月二十一日に至り、同工場工員より単価切下反対、残業再開の要望が起り、この為前記の如く新たに追加した焼入作業を請負時間単価から再び除外し、なお定時作業で充分賄える仕事を敢て賃金の割高を来す残業を与えて行うよう各班を編成し、定時作業の線をも譲歩せざるを得ざるに至らしめた。

(四) 申請人は同年八月十二日任意退職の勧告を受けるや翌十三日午前七時四十分より八時までの作業時間中、工場主任の地位を利用し朝礼の形式をとつて許可なく部下工員を召集し、(イ)職場内の政治活動の正当性、(ロ)吉田内閣の打倒、(ハ)経営者の弱体と不当、(ニ)申請人に対する退職勧告及びこれに対する申請人の決意を披歴して従業員の協力を求める等全く業務と無関係な内容について演説した。申請人のこの煽動により、従業員は同日昼食の休憩時間を利用して集合し、午後の作業開始時刻に至るも解散せず、結局同日午前、午後の二回に亘り四十分間機械の稼動を中断するに至つたが、右工場秩序の破壊は申請人の責任以外の何ものでもない。

以上の申請人の言動は就業規則第四十条第四号、故意に作業能率を阻害した者、第九号出勤常ならず遅刻、早退多く又は勤務に不熱心な者、第十号正当な理由なく職務上の指示命令に従わない者の各号の懲戒解雇理由に該当し実質的には懲戒解雇に値すべきも、特に申請人の将来に影響すること等を慮り、同規則第四十一条第三号により通常解雇の規定を適用して解雇したものである。勿論申請人が妥当な組合活動をなし或は共産党員なるが故に解雇したものではない。なお就業規則第四十条、第四十一条には解雇事由を規定するも、それは解雇を右列挙事項に制限するものではない、いやしくも解雇の必要あるときは権利濫用に亘らざる限り経営者は解雇の自由を有する。従つて本件解雇が就業規則に掲げる孰れの解雇事由にも該当せず無効なりとの申請人の主張も失当である。

三、証拠<省略>

理由

申請人が昭和二十九年五月一日付を以て被申請人会社鍛造工場主任に任ぜられたこと、被申請人が同年八月十三日申請人を解雇する意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

そこで先ず本件解雇が、労働組合法第七条第一号の不当労働行為または労働基準法第三条にいう信条による差別待遇たる解雇なる旨の申請人の主張について判断する。

成立に争のない甲第三、第四号証、証人島田庄二、菅雄一、富田保次郎の各証言及び申請人本人尋問の結果を総合すると次の事実につき疎明がある。

(イ)  申請人は昭和二十八年八月以降、被申請人会社の職員を以て組織する紡機製造株式会社職員組合の組合長に選出せられ、待遇改善の要求等につき数次に亘り団体交渉を行つて来たが、更にその後被申請人会社において、前記の如く申請人を鍛造工場係主任に任命せんとするに際し、申請人に対し係主任と組合長との地位は両立しないから主任に就任後は組合長を辞任すべき旨示唆していたにかかわらず、申請人は主任に任命せられてからもなほ組合長として止り、昭和二十九年七月十四日夏期手当要求の団体交渉の申入をなした。ところが被申請人会社は最早申請人を組合長にあらざるものと解釈すると称し、右団体交渉の申入に応ずることを拒否した。

(ロ)  被申請人会社常務取締役富田保次郎は、昭和二十九年八月十二日職員組合長島田庄二及び労働組合(被申請人会社従業員中職員及び臨時工を除く従業員を以て組織する組合)の組合長菅雄一に対し、申請人及び労働組合青年部長和田某、同組合員浦井美恵子の三名が共産党関係の活動をしているので、右三名を解雇せんとするの意思あることを伝えたこと。

(ハ)  更に同日、右富田取締役等は、申請人に対し任意退職することを求め、申請人がその理由を質したのに対し単に「経営者的観念がないから」だと云い、なお、「退職して三ケ月程反省してみよ退職勧告の理由は申請人のために云わない。敢て理由を明示するときは即ち申請人を解雇する。且つ傍系会社への採用の考慮も出来ぬ。」と答え、翌十三日申請人が任意退職を拒否し、解雇理由の明示を求めたのに対し、同取締役は被申請人が本申請において主張する解雇理由の外に更に申請人が工場係主任に就任後も、前記の如き被申請人の示唆に反し組合長を辞任しなかつたこと及び申請人が、もと被申請人会社の従業員であつた鶴島某の代りに共産党関係の会議に出席し、又共産党関係の文書を他人に運ばせていたことを挙げるに至つたこと。

(ニ)  申請人が解雇の翌日日本共産党土山細胞名義のビラを配付したため、職員組合役員会においては申請人が明瞭に細胞活動を打出した以上は、解雇は止むを得ないとの結論に達し、職員組合長島田庄二は同年八月十七日被申請人会社の要求により、「申請人は従前共産党と関係があり、共産党関係者の解雇は止むを得ないから組合は申請人を除名する」旨の書面を差入れたこと。

しかして右疎明に反する証人島田庄二、富田保次郎の証言部分は措信しない。

ところで以上に疎明せられた事実関係に徴するときは、本件解雇は、申請人が熱心に組合活動を推進したこと、及び申請人が共産主義者たることを併せ理由としてなされたものと推測しえないではないけれども、解雇の意思表示のなされた当時、既に申請人は、その主張する如き事情により組合長を辞任しており、結果的には被申請人会社の前記の如き示唆に応ずる状態が招来せられていたことは申請人本人尋問の結果により明らかなところ、これに前記疎明事実を併せ考えるときは、本件解雇は申請人の活溌な組合活動を理由としてなされたものと云うよりは、むしろ被申請人会社より共産主義者乃至同調者を排除せんとする意図のもとになされたものと推認する方が妥当である。

然るところ他方、被申請人は四項目に亘る解雇事由を掲げ、右事由のために本件解雇をなすに至つたものと主張するので、次に右事由の存否につき判断し、果してそれがさきになした一応の推測を覆し、解雇の決定的原因をなすものと見うるかどうかにつき検討する。

一、出勤成績について

真正に成立したと認める乙第七号証及び申請人本人尋問の結果によれば、申請人の欠勤日数、遅刻時間及び回数は、最近二ケ年間を通計し、申請人の所属する土山工場勤務の職員中最も多く上司よりも注意を受けていたことの疎明がある。しかしながら、他面前示疎明資料によれば、昭和二十九年二月以降は遅刻も減少し反つて申請人よりも遅刻回数多きもの二、三名存するようになり、団体交渉の際など上司もまた出勤状態の向上したことを認めていたことが疎明せられる。

二、身元保証人の死亡を届出なかつたことについて

この点に関する被申請人の主張事実は申請人の争わないところである。しかしながら右事実が解雇の意思を決定するにつき重要な契機となつたものとは事柄自体の性質上到底首肯できない。

三、経営方針に対する非協力について

証人武田源吾の証言によれば、昭和二十九年七月一日鍛造工場長主催のもとに開催せられたアンチクリーパ品質監理委員会の席上申請人は、さきに同工場において実施していたアンチクリーパの請負単価の切下に言及し、出席工員に対し被申請人主張の如き趣旨の発言をしたこと、その後同月二十四日同工場工員より右請負単価の切下、定時(八時間)作業に反対する運動が起り、その結果被申請人会社は再び請負単価の一部を改訂し、残業を実施するに至つたことが疎明せられ、なお真正に成立したと認める乙第二号証によれば、申請人は右請負単価の切下、定時作業の実施については熱意のなかつたことが窺われる。叙上認定に反する申請人本人尋問の結果は措信しない。ところで申請人の前記発言は右委員会の席上の発言としては適当とは認められないけれども、一方右請負単価の切下及び作業の実施により工員の手取収入が減少したこと、被申請人会社顧問西郷某もまたこの点を考慮し残業を認めるよう工場長にすすめていたことは武田証人の証言及び申請人本人尋問の結果を総合して疎明せられるところである。

すると申請人が前記の如く請負単価の改訂につきこれを非難する発言をなし、定時作業の励行等につき積極的でなかつたのは畢竟するに工員の収入の低下を慮つた結果であることが窺われるから申請人の右行為を以て直ちに解雇に値するが如き非協力的行為と云うことはできない。

四、職場秩序の破壊について

証人武田源吾の証言によれば、申請人は同年八月十三日始業時刻たる七時四十分より約四十分間に亘り、鍛造工場工員を集め、被申請人主張の如き内容の演説をしその間作業を放棄せしめたこと、右工員等は同日昼食時申請人の受けた退職勧告につき協議し午後の就業時刻に至るも解散せず、約二、三十分作業に就かなかつたことが疎明せられる。しかし被申請人会社がその前日には既に申請人が任意退職の勧告に応じなければ解雇することを決定していたことは証人富田保次郎の証言によりこれを窺うことができる。

従つて本件解雇の原因が申請人の右行為の責任を問うものでなかつたことは明らかである。

以上のように解雇事由を検討してみてもいずれも本件解雇の決定的な原因をなすものと納得しうる理由なく、従つて申請人が共産主義者なるがために解雇せられたものとの前記推測を覆すことができない。

すると本件解雇は信条による差別待遇たることに帰し、労働基準法第三条に違反し無効と謂わなければならない。しかして申請人が本案判決の確定をまつていては著しい損害を蒙ること明らかである。よつて申請人の本件申請は理由あるものと認め訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 山内敏彦 朝田孝 菅生浩三)

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